宇治拾遺物語「雑草を食う僧のこと」




原題「清徳聖奇特の事」。

突っ込みが追い付かない感じの話です。

最初に食べている草は「水葵」で、水田雑草の一種。
本文には「三町ばかりぞ植ゑたりける」とあるので、
一応食用に植えてあるようです。
とはいえ、普段から食べるような物でもないようです。
通常は塩茹でにするらしいですが、
聖は折り取って生で食べています。

三町=300m四方の草を食いつくした後、
ふるまわれた千合の白米を食いつくし、
さらに一万合の白米を食ったようです。
実際は後ろに付いてきた霊たちが食べたのですが、
常人には見えません。

その後、四条の北の通りを排泄物まみれにし、
人々が「糞小路」と言って汚がったのを、
帝自ら「錦小路」と改めます。

高徳のあまり路に名を残した、というわけじゃなく、
通りを汚しまくって帝が名前だけ変えた、
というろくでもない由来話で終わります。

奇妙で珍しいのは間違いないんだけど、
肝心なところが猥雑で、
話をどう受け取ったものか迷うという
宇治拾遺らしいエピソードです。


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宇治拾遺物語「雑草を食う僧のこと」」への2件のフィードバック

  • 2014年12月19日 @ 8:57 AM
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    錦小路市場は今では「京都の台所」ですが、昔はこんな名前だったという伝説があるんだよ。と、この話を教えると、修学旅行で錦小路での食べ歩きを楽しみにしている行く生徒たちはオエっとなります。歴史的には「具足小路」と呼ばれていた時期もあるようですが、「糞」との音の共通性を感じますね。

    返信
    • 2015年6月24日 @ 5:33 AM
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      すごく遅くなりましてすみません! 私はこのお話しか知らなくて、検証的な調べ物をしたりはしていないのですが、「具足小路」というのは面白いですね。死体を路に放っておいたとかのイメージからすると、実際に「糞」と関わりがあってもおかしくないように思えます。

      返信

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